1955年 包装袋入りとろろ昆布「初霜」
日本初の包装袋入りとろろ昆布「初霜」
当時のとろろ昆布は、すべて計り売りで販売されていました。そんな時代にマルヤナギは、削りたてのとろろ昆布を全国の津々浦々まで美味しさを保って流通できるようにと、業界で初めて包装袋に入ったとろろ昆布「初霜」を開発しました。あっという間に大ヒット商品となり、マルヤナギの企業基盤を確立することになりました。
この「初霜」の成功に刺激されて、すぐに同業15社が類似商品を発売、今日の袋入り包装とろろ昆布の草分けとなったのです。
「初霜」誕生物語
昭和35年頃のとろろ昆布工場
昭和29年、たった5坪の店に1台のとろろ昆布の機械が導入されました。創業3年目、佃煮ばかりで業績を伸ばしてきたマルヤナギにとって、初めての新規事業です。
店は隣と長屋のようになっており、お隣に響くというので気を遣いながら機械を動かさなければなりません。手探り状態で始めたものの、なかなか思うように良いものはできませんでした。
そんな中、創業社長の郷土の後輩で、住み込みで働いていた島本正治氏(当時16歳)は、先輩たちが寝静まった後、来る日も来る日も研究を重ねて、とうとう品評会に出して賞をもらえる程おいしいとろろ昆布の開発に成功したのです。昆布は、味を吟味して青森県の津軽もの、下北ものにこだわり徹しました。
神戸市内で卸売りを始めると、程よい甘さが大好評となりと飛ぶように売れました。こんなに支持されているとろろ昆布を、全国の方に食べていただくにはどのようにしたらいいだろうかと考え抜いた結果、きれいにデザインされた包装袋に詰めて販売することを思いつきました。
商品のデザインを近所の守さんというデザイナーにお願いして、できあがってきたのが「初霜」です。
早速神戸市内の小売店で売ってみたところ大変よく売れたので、京都の市場を皮切りに、東京の築地市場をはじめ全国への販売をスタートし、大ヒット商品に成長していきました。
増産に次ぐ増産のなか、当時の工場では、男子は常に包丁の切れ味を競い、品質を競い、女子は包装の効率を競い、品質最優先で皆が心を一つにして、生産に取り組んでいました。
これが、この業界初のヒット商品をさらに力強いものにしていったのです。